アイちゃんのあかりを訪ねて

自然の脅威を体験する - 島原市編 -


目前にそびえる普賢岳

島原は、城下町の歴史と雲仙普賢岳の火山活動によって誘発された湧水群で知られる、緑豊かな島原半島の中核的都市。半島の中央部にある雲仙普賢岳は活火山で、平成2年(1990)11月17日に198年ぶりに起こった平成噴火から平成8年(1996)6月3日の噴火終息宣言にいたるまでの噴火活動により約2億立方メートルの溶岩が噴出し、大きな溶岩ドーム「平成新山」を形成。平成3年(1991)6月3日にはその一部が崩壊して大きな火砕流となり、民間人や地元の消防団員、報道関係者など43名もの尊い命が犠牲となり多くの家屋が消失。さらに土石流により下流の家屋や田畑が厚い土砂に埋没しました。


雲仙岳災害記念館 外観

その土石流が海を埋めてできた新しい陸地に建設された、火山のすべてを体験できる世界で唯一の施設が「雲仙岳災害記念館」=通称「がまだすドーム」!「がまだす」とは島原地方の方言で「がんばる」という意味で、災害から立ち直り、これからも雲仙普賢岳とともに暮らしていきますという島原に住む人たちの決意が込められていて、自然災害を乗り越えた人々が、そこから得られたさまざまな教訓を後世に伝えていくための施設としてつくられたの。

雲仙岳災害記念館(がまだすドーム)

日本唯一の火山体験ミュージアム


メディアライブラリー

がまだすドームは、火山を「見る」「体験する」「遊ぶ」「学ぶ」「憩う」がテーマで、有料展示ゾーンと無料のメディアライブラリーゾーンとで構成されているの。メディアライブラリーでは、噴火の記録映像や、観察場所などの案内、島原半島の観光や歴史の紹介など、様々な情報を提供しているよ。1階の有料展示ゾーンは、「姿を変えた雲仙岳」、「火山としての雲仙岳」、「世界の中の雲仙岳」、「平成大噴火」、「噴火と予知」、「予知から防災へ」、「雲仙噴火の歴史」、「火山との共生」の8つの展示コーナーに分類されているよ。


火砕流の道

入口の「姿を変えた雲仙岳」では、トンネル状のスクリーンにマグマが動きはじめ、包み込まれるような不思議な空間体験ができる「マグマゲート」があって、噴火前と噴火後をスクリーンでどのように変化したかが認識できるよ。マグマゲートを出て、ふと足元を見ると、なぜか床下がガラス張り・・。実際に火砕流によってなぎ倒された木々と火山堆積物を床下40メートルにわたって展示し、時速100キロメートルで走るといわれる火砕流の速さを赤い光で体感する「火砕流の道」なの。走り去る赤い光で火砕流の速さを体感してみると火砕流から逃げることなんて到底できないと思うし、アイがもしその場にいたらと思うと、底知れない恐怖を感じました。

飛び出す立体絵本

「火山としての雲仙岳」では、大型の飛び出す立体絵本で、火山の構造や種類などが理解できるし、日本の常時観測火山などを学ぶことができるよ。「世界の中の雲仙岳」は、世界のさまざまな火山やクレータを見て、触って、あるいは火山のぞき百科で世界の代表的な火山を覗いて見ることができるし、大きな地球儀についているボタンを押すと、世界の代表的火山の映像が見られて、火山の違いがよくわかるよ。

「平成大噴火」は、がまだすドームの展示ゾーンの中でアイの一押しです。平成大噴火シアターでは、雲仙普賢岳噴火に伴う火砕流、土石流を直径14メートルのドーム型スクリーンで再現。約7分間の映像と音声に合わせて観覧席が上下左右に揺れたり傾いたり、目の前から火砕流をイメージした熱風が噴き出す仕掛けが施されていたりして、疑似体験を通して火山災害のすさまじさを感じることができるの。シアターを出ると、そこは「火砕流で焼き尽くされた風景」の再現。実際に被害を受けた折れ曲がったバス停や自転車、焼け焦げた電柱や電話ボックス、最後まで残っていた報道関係者のカメラや車両など、凄惨な風景が広がります。


平成大噴火シアター 1


平成大噴火シアター 2


焼き尽くされた風景


火砕流被災撮影機材


火山のぞき百科


世界の代表的火山

自然との共生


火山と共に生きる

「噴火と予知」では、火山に対する科学的な知識や予知技術などを展示紹介していたよ。 今後、火山と共生していくなかで最も大切な「予知から防災へ」と「火山との共生」のコーナーでは、防災監視システムや砂防ダム、導流堤などの防災施設の紹介と警戒区域の立ち入り禁止地域での無人化工法の紹介、写真や実物・映像で災害に立ち向かう人々や復興への取り組みなどが紹介されていました。


島原大変劇場

「雲仙噴火の歴史」は、島原大変劇場といって、寛政4年(1792)の噴火「島原大変肥後迷惑」の様子を歌舞伎の手法を取り入れて紙芝居風に上映するシアターなの。噴火により島原が壊滅状態になったことに加え、山が崩れて海に流れ込み、対岸の肥後に津波が押し寄せたことから、江戸時代の人々は「島原大変、肥後迷惑」と呼んだの。ちなみにそのときに流れ込んだ岩によって景勝地「九十九島」が作られたそうです。普賢岳とその前にある眉山を擬人化していて、面白く分かりやすいお話だったよ。




平成噴火噴出物のはぎ取り標本

平成噴火噴出物のはぎ取り標本は、堆積物断面で、噴火開始から終息するまでの平成噴火の様子を見ることができる日本に3つしかない貴重な資料だそうで必見です。


火山研究者の部屋


地震観測用機器


砂防施設の効果(イメージ模型)


雲仙・大火砕流・378秒の遺言

2階の展示ゾーンで、最も目を引いたのは、「雲仙・大火砕流378秒の遺言」の上映!平成17年(2005年)6月に14年ぶりに発見された、火砕流の犠牲となった日本テレビ所属のカメラマン小村孝司さんが使用していたカメラに残されていたテープを復元し、その実写映像を基に編集し制作されたNHKのドキュメント。火砕流の直前の様子を写した映像は、私たちに災害の教訓を語りかけているのと同時に、報道カメラマンの使命を見る思いがしました。


メッセージボード


被災カメラ

また、火砕流の熱によって原型を留めていないテレビカメラの姿に、胸が熱くなります。退場ゲートの近くには来館者のメッセージボードがあり、国籍や年齢、人種を問わず様々な人々が率直な感想を語っていたのが印象的です。今回の訪問では、人は常に自然と向きあって共存しなければならないと改めて実感しました。

島原市民の復興への努力に敬服するとともに、亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。アイも、生きているという重さを感じながらこれから過ごしていかなければと思います。

雲仙岳災害記念館(がまだすドーム)

所在地
島原市平成町1-1
電話
(0957)65-5555
URL
https://www.udmh.or.jp/
開館時間
午前9時 ~ 午後6時
休館日
年中無休
入館料
大人1,000円(有料展示ゾーン)

取材協力:雲仙岳災害記念館(がまだすドーム)

このページの先頭へ