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技術資料

ソフトエレクトロン(EB)を利用した種子殺菌技術

光応用事業部 光応用開発部 EB開発課 武井太郎

キーワード

ソフトエレクトロン,殺菌,種子,電子線(EB)

1.まえがき

ソフトエレクトロンを用いた殺菌技術が近年注目を集めている。薬剤を使用せず,安全で確実な殺菌方法として期待されている。ソフトエレクトロンとは低エネルギーEBのことである。

本稿では,ソフトエレクトロンを利用した種子殺菌技術を紹介する。

2.ソフトエレクトロン殺菌の背景

2.1 ソフトエレクトロンとは

「ソフトエレクトロン」という言葉に聞きなじみのない方も多いと思うが,ここ数年ぐらいの間に広まり,使用され始めている言葉である。ソフトエレクトロンは,加速電圧が300kV(30万ボルト)以下の低エネルギーのEB(電子線)を指す。特に殺菌や滅菌を目的とする場合にソフトエレクトロンという言葉が用いられている。EBは加速電圧で大まかに区分されており,加速電圧が300kV以下の低エネルギーから,1MV(100万ボルト)の高エネルギーあるいはそれ以上のEBもある。岩崎電気およびグループ会社であるESI(Energy Sciences,Inc.)で製作しているEB装置は低エネルギータイプで,まさにソフトエレクトロンを発生する装置そのものである。ソフトエレクトロンという言葉は造語であるが,低エネルギーのEBを高エネルギーのそれと区別し,「エネルギーの低いEB」という意味を持っている。

2.2 ソフトエレクトロン(EB)による殺菌

EBは工業的な分野で,樹脂や印刷塗膜の硬化(乾燥),ポリエチレンなどのプラスチックやタイヤの部材に使用されるゴムの架橋(強度向上)などに多く利用されている。さらに,EBの持つ殺菌作用を利用して医療用具,容器,包装材料の殺菌においても実績がある。加工食品原料などの殺菌もこの延長にある技術で,EBあるいはガンマ線を用いて殺菌を行う試みがなされてきた。

EBによる殺菌のメカニズムは,簡単に説明すると以下のようである。

EBが照射されると,

  1. 目標とする細菌やカビの細胞に直接作用して,DNAなどの生体分子を破壊し,死滅させる。
  2. あるいは細胞内に多く含まれる水分子を電離し,間接的に生体分子に障害を起こさせ,死滅させる。

EBによる殺菌効果は確実で,EBが照射された部位の微生物をほぼ完全に死滅させる,滅菌レベルの処理が可能である。たとえば殺菌しにくいといわれている細菌Bacillus pumilus(spores)を処理する場合でも,わずか15kGyの照射で滅菌レベルに到達する。実際のEB照射では,1秒とかからない高速処理が可能である。

2.3 ソフトエレクトロンによる種子殺菌

農業,食品工業の現場では,一般に臭化メチルなどが土壌・苗床や土壌消毒剤や検疫くん蒸剤として使用され,雑草,土壌病害虫,土壌伝染病などに対する消毒,殺菌を行っている。このようなクリーンな土壌環境で穀物,豆類,野菜などが生産される場合,種子などに付着した微生物が,伝染性の病害の原因となりえる。さらに低農薬,無農薬の食品生産が求められているという現状からも,種子段階で未然に病害原因の防除を図ることが重要な課題となっている。種子の消毒・殺菌技術として薬剤を用いない方法が模索されており,その一つの手法としてソフトエレクトロン処理が注目されている。

3.ソフトエレクトロン殺菌の特徴

3.1 他の殺菌方法との比較

穀物,種子類あるいはプラスチックフィルム,包装容器などほとんどの乾燥したものは,表面あるいは表層部のみが微生物で汚染されていると考えてよい。さまざまな殺菌方法がある中で,ソフトエレクトロンが種子類(穀物,豆類を含む)の殺菌で注目されているのは,種子の表層部だけを殺菌できるという,他にはないユニークな効果のゆえである。

図1 ソフトエレクトロンによる種子殺菌の様子

図1 ソフトエレクトロンによる種子殺菌の様子

図1にソフトエレクトロンの殺菌効果を模式的にあらわした。種子に各種エネルギー線が作用する様子を示している。高エネルギーEBやガンマ線などのエネルギー線は,種子の表面を透過し,内部にまで達する,あるいは種子そのものを透過してしまう。このとき,種子表面あるいは表層部の微生物を死滅させるだけでなく,将来植物の発芽,成長のもととなる種子内の胚にもダメージを与えてしまう。これでは種子の殺菌ができても意味がない。紫外線では種子の表面を殺菌することができるが,種皮内部に入り込んでいる微生物を殺菌できない。ソフトエレクトロンは種子の表層部に存在する微生物だけを殺菌することができる。ソフトエレクトロンほか,高エネルギーEB,ガンマ線,紫外線,薬剤など他の殺菌方法を表1に比較した。

表1 ソフトエレクトロンとその他の殺菌方法の比較
  長所 短所
ソフトエレクトロン
(低エネルギーEB)
  • 装置がコンパクト
  • 照射のオン/オフ,出力,方向の制御ができる
  • 高速インライン処理が可能
  • 装置の設置・運転に免許・許可等が不要
  • 高エネルギーEBやガンマ線より透過力が弱いため,対象物の形状が限られる
高エネルギーEB
  • ソフトエレクトロンよりも深い処理ができる
  • 変換エックス線を用い,ガンマ線に似た用途で使用できる。
  • 照射のオン/オフ,出力,方向の制御ができる
  • 装置・遮蔽が大型
  • 装置の設置・運転に免許・許可等が必要
ガンマ線
  • 照射物の形状,密度にかかわらず均一に殺菌できる
  • 医療用具で実用化されている
  • 食肉,冷凍食品など殺菌が実用化されている(米国,欧州など)
  • 処理に時間がかかる
  • 装置・遮蔽・施設が大型
  • 放射性同位元素を定期的に補給する必要がある
  • 処理装置(施設)の設置・運転に免許・許可等が必要
紫外線
  • 装置,ランニングコストが安価
  • 既に多く実用化されている
  • 滅菌レベルの処理はできない
  • 表面の殺菌だけに限られ,影部の処理はできない
薬剤
(過酸化水素,エチレンオキサイド,臭化メチルなど)
  • 既に利用技術が確立し,多く実用化されている
  • 少量の使用に対しても安価
  • 過酸化水素,エチレンオキサイドは発ガン性があり,食品原料や容器に残留する可能性がある
  • 臭化メチル(オゾン層破壊物質)は2005年までに全廃される
過熱水蒸気殺菌法
  • 既に利用技術が確立し,多く実用化されている
  • 耐熱性菌の殺菌が困難
  • 強い熱処理による食品原材料の品質の低下

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