技術資料

賢い減光と快適な生活を両立するために

営業技術部 照明研究課

キーワード

光環境評価,QUAPIX®,震災,節電,減光,快適性

1.はじめに

2011年10月6日・7日の2日間,IWASAKI新商品内覧会2011を大阪マーチャンダイズマートビル(OMMビル)にて開催し,LED照明・HIDランプ・照明ソフトなどを展示して来場者に節電のための照明プランを見ていただいた。その際に併催された「震災後の光環境を考える」と題したセミナーでは,震災後の節電状況と最新の光環境評価技術を紹介し,今後の光環境のあり方を提案した。ここではその概要をご紹介する。

2.節電から節光へ

2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震とそれに伴って発生した津波,及びその後の余震により引き起こされた大規模な地震災害により,電力需要が供給能力を上回るというエネルギーの需給ギャップが生じ,大規模停電を避けるために計画停電が実施された。今回の計画停電では,道路・踏切・交差点などの交通空間や,階段・段差・出入口などに設置されている安全性の確保を目的とした照明設備も対象となった。その他,ショーウィンドウ・看板・ライトアップなどの装飾や演出を目的に設置される照明設備や,オフィス・学校・公共会館・店舗などで視作業に必要な明るさの確保を目的に設置される照明設備も消灯もしくは間引き点灯が実施された。その上,これらの節電対策が電力需要のピーク時間帯以外にも積極的に行われたために,東日本を中心に街は暗闇に包まれた。

ある企業では,震災を契機に事務所の照明設備を蛍光灯から効率の良いLED照明に改修した。従来であれば改修により節電対策は終わるが,この企業では導入したLED照明を間引いて運用しているという。これは震災をきっかけに照明に対する価値観に変化が起こり,従来の明るさを維持することに対して罪悪感を抱くようになったことを示す事例といえる。

今回の様々な節電状況を照明を中心に見ると,“節電”という言葉よりも,明るさを節約するという意味で“節光(造語)”と表現する方がふさわしいと思える。

次に,闇雲な節電状況を危惧した学会や専門家から発表された提言の一部を紹介する。

(社)照明学会からは,照明をむやみに消灯するのではなく,貴重な電力を有効に使用するためには,照明の設置目的やそこを使用する人の視覚特性の違いなどに配慮した節電対策が重要であるとの提言が出された。

照明に関する専門知識を利用して空間演出を手掛ける照明デザイナーの何人かは,下記のような提言を発信している。

  • 照明の設置目的に配慮した節電対策が行われるべきである
  • 賢い減光と快適な生活の両立を目指そう
  • 節電対策は高齢者などの視覚的弱者への配慮も必要である
  • 電力を有効に使用するには適光適所と鉛直面の明るさ(明るさ感)への配慮が重要となる
  • 照度設計から施設を使う人や使われ方に配慮した性能設計に移行する必要がある
  • 光の価値観を見直そう

一方,(社)建築学会の緊急提言には,節電を行う期間や照明基準総則(JIS Z9110)の当面の運用方法に加え,照度に偏重しすぎている現行の照明設計の考えを改め,質の高い照明環境の形成に向けて輝度などの指標を加えた照明環境設計への転換が重要であることも示された。

以上のように行き過ぎた節電状況を危惧した学会や専門家からは,賢い減光と快適な生活の両立を実現するために,照明手法や設計方法の進歩に言及した提言が数多く発信された。

3.人が感じる明るさとは

ところで人は物の明るさをどのように感じとっているのだろうか?

図1 明るさ感覚と心理物理量の関係
  壁の反射率が高い部屋 壁の反射率が低い部屋
イメージ図
照度分布図
輝度分布図

図1に示す2つの部屋は,部屋の大きさや照明の設置状況は同じだが,内装材の反射率のみが異なっている。一方の部屋は明るく感じ,もう一方は暗く感じる。だが照度分布図を描くと,人が感じる明るさ感覚に反してどちらの部屋もほぼ同一となる。これは照度が壁や床などに入射する光の量を表す心理物理量だからである。次に輝度分布図を描くと,人が感じる明るさ感覚に近似した結果が得られる。これは輝度が物体から観測方向に向かう光の強さを表しているからである。

図2 明るさの同時対比

同じ輝度値であっても異なる明るさに見える,明るさの同時対比という現象を紹介する(図2)。これは物理的には同じ2つの灰色の色票が,背景輝度の違いにより異なる輝度対比(コントラスト)を構成するために異なった明るさに見えるというものである。ここで人が物を見るという現象をひもとくと,目に入った光の色や明るさなどの情報をそのまま見ているのではなく,網膜を構成する細胞の一つである視細胞で受けた情報を脳に伝えて,脳はその情報を複雑に処理して見ていると言う1)。異なる明るさに見えた2つの色票は,視細胞には同じ明るさ(輝度)として感受されているが,脳による複雑な処理を経て異なる明るさに見えていたことになる。残念ながら照明設計に利用されている照度や輝度という心理物理量は,人が感じる明るさ感覚を正確に計量する指標ではないと言わざるを得ない。したがって私達は“人間は照度計ではない”ということを認知する必要がある。

それゆえ賢い減光と快適な生活を両立する光環境を設計するには,従来用いられてきた照度や輝度という心理物理量による明るさの指標のみではなく,人の心理的な側面からの評価も加える必要があると考えている。

4.新しい光環境評価システムについて

私達は,人の心理的な側面に考慮した見え方を擬似カラー分布図として可視化することができる光環境評価システム「QUAPIX®(クオピクス)」を開発した。見え方を可視化できるのは「明るさ・目立ち・視認性」の3つの心理量で,輝度分布データを基に画像処理により算出している2)-7)

図3 光環境評価システム概要

我々はQUAPIX®の解析結果を活用しやすくするために,光環境評価の目安として推奨値を設けた。人の心理量を分析して求めた推奨値に基づいて光環境を設計することで,これまでの照度設計と比較して,より少ないエネルギーで適切な効果を得ることが可能になる。推奨値を設定した施設は,看板・駐車場・サービスステーションの3つで,随時増やしていくことを計画している。

次に,看板照明におけるQUAPIX®の活用事例を紹介する。(図4)

図4 活用事例

図5 照度設計の指針

この事例の場合,図5に示す指針から設定できる設計照度を,セラミックメタルハライドランプ400Wを4灯用いることで満たす。次にQUAPIX®により知覚される明るさと目立ちの効果が適切であるかを判断するために,コンピュータグラフィックスを利用して輝度分布画像を生成した。この輝度分布画像から明るさ画像と目立ち画像を算出して推奨値に照らし合わせて判定したところ,「非常に明るく」かつ「非常に目立つ」との評価結果が得られ,やや過剰な明るさであることが示唆された。そこで1灯減らして同様の検討を実施したところ,平均照度はこれまでの指針を満たさないものの,QUAPIX®推奨値からは「適切な明るさ」で「適切な目立ち」が得られることが確認でき,3灯でも適切な照明効果が得られることが分かった。

ここの事例のように輝度設計を採用することで,QUAPIX®による解析が可能になり,周囲環境に応じた心理的に必要な明るさをシミュレーションできるようになる。その結果,無駄なエネルギーの浪費を防ぐことが可能になる。

こセミナーでは,照度設計から輝度設計への転換が,人からの見え方(心理量)に基づいた光環境計画を可能にすること。そして専門家の提言にあった賢い減光と快適な生活の両立を実現するための有効なアプローチであることを紹介した。QUAPIX®がより良い光環境構築への一助になれば幸いと考えている。

引用文献

  1. 照明学会,最新 やさしい明視論(1977).
  2. 中村芳樹:光環境における輝度の対比の定量的検討法,照学誌,84-8A,pp.522-528(2000).
  3. 中村ほか:均一背景をもつ視対象の明るさ知覚 - 輝度の対比を考慮した明るさ知覚に関す研究(その1) -,照学誌,88-2,pp.77-84(2004).
  4. 中村ほか:コントラスト・プロファイルを用いた明るさ知覚の予測 - 輝度の対比を考慮した明るさ知覚に関する研究(その2) -,照学誌,89-5,pp.230-235(2005).
  5. 中村芳樹:ウェーブレットを用いた輝度画像と明るさ画像の双方向変換 - 輝度の対比を考慮した明るさ知覚に関する研究(その3) -,照学誌,90-2,pp.97-101(2006).
  6. 島崎ほか:コントラスト感度に基づく視認性評価法 - その1 広範囲な輝度値の分布をもつ空間への適用方法 -,照学全大,pp.137-138(2008).
  7. 土屋ほか:コントラスト感度に基づく視認性評価法 - その2 閾値倍率と見やすさ評価の関係 -,照学全大,pp.139-140(2008).

この記事は弊社発行「IWASAKI技報」第25号掲載記事に基づいて作成しました。
(2011年11月30日入稿)


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