技術資料

省エネ・省コストな下水消毒システムの開発に向けて - 紫外線消毒装置の展望 -

技術本部 新技術開発部 光応用技術開発課

キーワード

紫外線,下水,吸光度, 濁度,SS,紫外線消毒,省エネ,省コスト

1.はじめに

我が国の水行政は,2014年3月に『水循環基本法』及び『雨水の利用の推進に関する法律』が制定され転換期を迎えている。また,7月には『新下水道ビジョン』が策定され,下水道の使命,長期ビジョンと各主体(公的機関,民間企業,研究機関など)の役割が示された。下水道に対する社会の要請としては,公衆衛生の向上への貢献や生態系の保全・再生があり,また散発的に顕在化してきているノロウイルスの流行への対応が求められている。また,下水処理施設からの放流水については,残留塩素濃度が高いことから放流先に生育する生物への影響が問題とされている。以下に,今後の下水処理施設における課題と対策案について記載する。

2.課題

2.1 塩素消毒による放流先への影響

現在,下水放流水の消毒には,主に次亜塩素酸ナトリウムや液体塩素等の塩素系消毒剤が用いられている。塩素による消毒は,長年の実績があるが,消毒の際に生じる異臭味,トリハロメタン等消毒副生成物の問題,また残留性があるため放流先の水生生物への影響が懸念されている。

2.2 ノロウイルスによる海域汚染

近年,ウイルスによる食中毒が散発的に発症し,なかでも牡蠣の生食による食中毒の大きな原因としてノロウイルスが挙げられる。ノロウイルスは人の小腸細胞内のみで増殖する特性を持っており,人が感染すると嘔吐,吐き気,下痢,腹痛,頭痛,発熱などの食中毒症状を引き起こす。既設の下水処理施設では,ノロウイルスを不活化することができないため,人の体内で増殖したノロウイルスは未処理のまま下水処理施設から海域へと放流される。そのため,ノロウイルスの海域汚染を防止するためにも下水処理施設における対策が重要である。

2.3 雨天時における下水処理施設の越流水による問題

下水道には,分流式下水道と合流式下水道とがある。分流式下水道は,雨水と汚水とが別配管となっているため,雨天時でも下水処理施設にて汚水を処理する事ができる。一方,合流式下水道は,少量の雨であれば雨水の汚れも一緒に下水処理施設にて処理することができる。ただし,両施設ともに大雨など降水量が急激に増大した場合,下水処理施設での処理許容量を越えてしまうため,越流水として公共水域にそのまま放流される。この越流水は,下水処理施設での処理が成されていないため,現在,公衆衛生の面から問題となっている。

3.課題を解決する手法ならびに改良案

紫外線消毒装置は,薬品を使用しないため,放流先の水生生物に対して影響を与えない。また,少スペースでの設置が可能であるため,既設の設備へも導入が可能である。そして,細菌だけでなくウイルスに対しても不活化効果があり,処理方式も紫外線ランプを点灯するだけであるため,維持管理も容易である。この紫外線消毒技術は,既に塩素の代替技術として用いられている。ただし,濁質,SS(Suspended Solid;懸濁物質または浮遊物質)などの水質が常時変動する下水のような対象水については,対象水の水質に応じた制御運転がされていない。そのため,現行の運転では対象水に過剰な紫外線が照射されていると共に無駄な電気代を浪費している可能性がある。これらを改善する為にも,対象水の水質に応じた適切な紫外線が照射される紫外線消毒装置の開発ならびに『省エネ』,『省コスト』を兼ね備えた制御システムの考案が必要とされる。

4.適切な紫外線照射量の検討

紫外線消毒装置は,対象水に対して紫外線がどの程度照射されたのかを直接的に評価することが出来ない。そのため,間接的な評価方法として紫外線感受性を評価した微生物(例;大腸菌ファージMS2など)を用いて,対象水に紫外線を照射した際の微生物の不活化率から紫外線照射量を換算する方法がある。この評価方法は『生物線量計』とよばれ,比較的正確な紫外線照射量を求めることができる。また,対象水の紫外線吸光度を測定し,ランベート・ベール式から算出する方法もある。紫外線吸光度は,直線分光光度計あるいは積分球分光光度計で測定されるが,積分球分光光度計は高価なため一般的には直線分光光度計が用いられている。ただし,直線分光光度計にて測定される吸光度は直線光路による値であり,対象水中に含まれる粒子物質による散乱光の影響は考慮されない。一方,積分球分光光度計にて測定される吸光度は,対象水中の粒子物質による散乱光の影響まで含んだ値として測定される。

我々は下水(最初沈殿池越流水)中に指標微生物として大腸菌ファージMS2を添加し,濁質,SSを含む対象水において適切な紫外線を照射するための手法について検討を行った1)

まず始めに,『生物線量計』から求めた紫外線照射量と紫外線吸光度(直線分光光度計ならびに積分球分光光度計)から換算した紫外線照射量について比較検討した(図1参照)。我々は『生物線量計』から求めた紫外線照射量を真値として,直線分光光度計ならびに積分球分光光度計による吸光度から換算した紫外線照射量をそれぞれ比較した結果,積分球分光光度計よる吸光度から換算した紫外線照射量の方が『生物線量計』から求めた紫外線照射量に近似する事を発見した。この事から,下水のような濁質,SSが高い対象水については,対象水中の粒子物質まで考慮した紫外線照射量を適切に照射しなければならない事が分かった。

図1 吸光度(直線分光光度計ならびに積分球分光光度計)から換算した紫外線照射量と生物線量計から求めた紫外線照射量の比較

  • 注)*参考文献1)より改編。

ただし,実際の下水処理施設を想定した場合,対象水の積分球分光光度計による吸光度を毎回測定することが出来ない。そのため,我々は,適正な紫外線照射量を換算できる補正方法についても検討を行った。

下水処理施設にて通常測定されている水質項目(濁度,SS)と対象水の吸光度差(直線分光光度計-積分球分光光度計)の相関を求め,関係式を導いた(図2,図3参照)。得られた関係式(吸光度差と濁度,SSの各々の関係式)および下水処理施設から採水した試料(最初沈殿越流水)の直線分光光度計による吸光度からそれぞれ補正した吸光度を求め,ランベート・ベールの式から紫外線照射量を算出した。『生物線量計』から求めた紫外線照射量を真値として,直線分光光度計による吸光度から換算した紫外線照射量と補正した吸光度から換算した紫外線照射量(濁度ならびにSS)を比較検討した(図4参照)。図4より,直線分光光度計による吸光度から換算した紫外線照射量と比べ,補正した吸光度から換算した紫外線照射量(濁度ならびにSS)の方が生物線量計から求めた紫外線照射量に近似した結果を示した。今回の研究結果より,下水処理施設にて通常測定されている水質項目(濁度,SS,吸光度)から,適正な紫外線照射量を補正することが出来る可能性が確認された。なお,今後の『省エネ』,『省コスト』を兼ね備えた紫外線消毒システムの実用化に向けては,水質が異なる他の下水試料を用いての再検証を行う必要がある他,紫外線消毒装置のハード面(紫外線ランプ,制御方法など)の開発についても検討を進める必要がある。

図2 下水(最初沈殿池越流水)における濁度と吸光度差(直線分光光度計-積分球分光光度計)の相関

  • 注)*参考文献1)より改編。

図3 下水(最初沈殿池越流水)におけるSSと吸光度差(直線分光光度計-積分球分光光度計)の相関

  • 注)*参考文献1)より改編。

図4 濁度ならびにSSより補正した紫外線照射量の評価

  • 注)*参考文献1)より改編。

5.設備としての紫外線消毒装置の展望

平成23年度の下水道統計によれば,紫外線消毒設備が導入されている下水処理施設は全国に142ヶ所(導入率;6%)2)あるものの,下水処理施設の新規着手地区は平成7年度をピークに減少傾向にある。しかし,現在ピーク時から20年近くが経過し,機器を含めての更新時期を迎えており3),また今年度から下水処理水の再生利用に関する国際規格(ISO/TC282)が検討され始め,今後は下水再生技術として紫外線消毒装置の需要も期待される。そのため,設備更新時期も踏まえた下水処理施設への紫外線消毒装置の導入は,今後増大するものと考えられる。

参考文献

  1. 朴耿洙,山下尚之,田中宏明,金丸国夫,岩崎達行:高濁度下水に対する紫外線消毒における紫外線照射量の検討,第17回日本水環境学会シンポジウム講演集,pp.137-138(2014).
  2. 安井宣仁,諏訪守,桜井健介,津守ジュン:下水処理水を対象とした紫外線照射におけるノロウイルスの除去特性,第17回日本水環境学会シンポジウム講演集,pp.141-142(2014).
  3. 佐藤修児:農業集落排水事業について,第28回 全国浄化槽技術研究集会 講演要旨集,pp.154-162(2014).

この記事は弊社発行「IWASAKI技報」第31号掲載記事に基づいて作成しました。
(2014年11月17日入稿)


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