技術資料

真空紫外励起紫外発光蛍光体の合成と発光特性

光応用事業本部 光デバイス部 光技術課
学習院大学 理学部 化学科 稲熊 宜之

キーワード

蛍光体,紫外線,真空紫外,エキシマ

3.実験方法

3.1 試料の合成

試料の合成は固相反応法により行った。出発原料としてMCO₃(M=Ca, Sr, Ba),Na₂CO₃,NH₄H₂PO₄,Gd₂O₃を用い,それぞれの試薬を電気的中性条件を考慮してM²⁺3-3/2xGd³⁺x(PO₄)₂(M=Ca, Sr, Ba;x=O-0.1),の組成となるように秤量した。組成について以下では賦活量xを%で表しM₃(PO₄)₂:Gd³⁺(x×100)mol%と表記する。これらを瑪瑙乳鉢中で,エタノールを用いて湿式混合した。混合粉末をペレット状に成形し,空気中1000℃,10hで仮焼し,空気中1000℃,10hの条件で本焼を行った。

3.2 粉末X線回折による相の同定

合成した試料の相の同定は粉末X線回折により行った。測定にはX線回折分析装置を用いた。X線源にはCu管球を用い,加速電圧および電流は40kV,40mAとした。また,グラファイトモノクロメーターによりKβ線(λ=0.13922nm)を除去し,Kα線(λ=0.15406nm)を用いた。

3.3 分光分析

図2 Xeエキシマランプの光学システムの概略図

Xeエキシマランプ光を励起源とした発光スペクトルは,Xeエキシマランプと分光蛍光光度計を組み合わせることで測定した。実験装置図の模式図を図2に示す。測定試料として,約0.01gの試料と100μgのエタノールを混合しスラリー状にしたものをマイクロピペットを用いて石英ガラス板上に滴下し自然乾燥させたものを使用し,測定試料板にXeエキシマ光を照射し透過した発光を耐紫外線光ファイバーで分光蛍光光度計に導入することで測定した。波長領域140~750nmの励起及び発光スペクトルは,自然科学研究機構分子科学研究所の極端紫外光研究施設UVSOR(ビームライン:BL7B)において測定した。

4.結果と考察

4.1 M₃(PO₄)₂:Gd³⁺ 5mol%(M=Ca, Sr, Ba)の合成と発光特性

図1 Sr₃(PO₄)₂の結晶構造

粉末X線回折パターンより,Ca₃(PO₄)₂に関しては六方晶系空間群R3cで指数付けできる相,Sr₃(PO₄)₂とBa₃(PO₄)₂に関しては六方晶系空間群R3-mで指数付けできる相が得られ,目的物質が合成できていることが確認できた(図1)。

図3 M₃(PO₄)₂:Gd³⁺ 5mol%(M=Ca, Sr, Ba)の発光スペクトル(λex=172nm)
挿入図は312nmの発光ピークの相対積分強度

Xeエキシマランプ(λex=172nm)を励起源として測定したM₃(PO₄)₂:Gd³⁺ 5mol%(M=Ca, Sr, Ba)の発光スペクトルを図3に示す。挿入図に,Sr₃(PO₄)₂:Gd³⁺ 5mol%のときの発光強度を1として規格化したM₃(PO₄)₂:Gd³⁺ 5mol%(M=Ca, Sr, Ba)の紫外発光の相対積分強度を示す。すべての組成において,約312nm(32051cm⁻¹)に非常に鋭い発光ピークを観測した。すべての組成において同様の発光特性を示すことから,312nmのピークは結晶場の影響を受けにくい4f-4f遷移に基づく発光であると考えられ,Diekeのエネルギー準位図16)より⁶P7/2→⁸S7/2遷移(約32000cm⁻¹)と帰属した。307nm付近に存在する低強度のピークはシュタルク分裂を起した⁸S7/2準位への遷移に基づく発光である。発光強度はSr₃(PO₄)₂>Ca₃(PO₄)₂>Ba₃(PO₄)₂の順で高かった。発光強度は賦活イオン濃度に依存するため,実用化も視野に入れ,最も高効率発光を示したSr₃(PO₄)₂においてSr₃(PO₄)₂:Gd³⁺x mol%(x=0-15)の合成を行い,発光強度Gd³⁺濃度依存性及び発光特性を調べた。

4.2 Sr₃(PO₄)₂:Gd³⁺x mol%(x=0-15)の合成と発光特性

粉末X線回折パターンより,すべての試料で六方晶系空間群R3-mで指数付けできる相が得られ,目的物質が合成できていることが確認できた。Gd³⁺濃度10mol%以上においてGdとの化合物であるSr₃Gd(PO₄)₂が存在し,10mol%以上ではSr₃(PO₄)₂に固溶しにくいことが分かった。

図4 Sr₃(PO₄)₂:Gd³⁺ x mol%(x=0-15mol%)の発光スペクトル(λex=172nm)

Xeエキシマランプ(λex=172nm)を励起源として測定したSr₃(PO₄)₂:Gd³⁺x mol%(x=0-15)の発光スペクトルを図4に示す。Gd³⁺を賦活したすべての組成で312nm付近に⁶P7/2→⁸S7/2遷移に基づく紫外発光を観測した。

図5 Sr₃(PO₄)₂:Gd³⁺ x mol%(x=0-15)の相対積分強度のGd³⁺濃度依存性

Gd³⁺濃度5mol%のときの積分強度を1として規格化したSr₃(PO₄)₂:Gd³⁺ x mol%(x=0-15)の⁶P7/2→⁸S7/2遷移に伴う紫外発光の相対積分強度を図5に示す。Gd³⁺濃度が増加するにつれ発光強度が増加し,5mol%で最大となった。さらに,Gd³⁺濃度が増加すると5mol%から減少した。Gd³⁺濃度5mol%から濃度が増加するにつれて発光強度が減少していることから,濃度消光が起こっていると考えられる。

図6 Sr₃(PO₄)₂:Gd³⁺及びSr₃Gd(PO₄)₃の発光スペクトル(λex=172nm)

不純物として生成したSr₃Gd(PO₄)₃は312nm付近にGd³⁺に基づく発光を示すことが報告されており24),不純物の発光を観測している可能性がある。それを確かめるため,Sr₃Gd(PO₄)₃とSr₃(PO₄)₂:Gd³⁺の発光特性の比較を行った。Sr₃Gd(PO₄)₃とSr₃(PO₄)₂:Gd³⁺ 5mol%の発光スペクトルを図6に示す。発光特性はどちらも類似しているが,Gd³⁺の賦活量が5mol%という少量にも関わらず,Sr₃Gd(PO₄)₃より高い発光強度を示すことから,312nmのピークはSr₃(PO₄)₂:Gd³⁺の発光であることが示唆された。

図7 Sr₃(PO₄)₂:Gd³⁺ 1mol%の励起発光スペクトル(UVSOR)

より詳細なSr₃(PO₄)₂:Gd³⁺の発光特性を調べるため,Sr₃(PO₄)₂:Gd³⁺ 1mol%の励起及び発光スペクトルの測定を行った。図7にそのスペクトルを示す。同図中の挿入図はSr₃Gd(PO₄)₃の励起及び発光スペクトル24)を示している。励起スペクトルでは124nm,142nm,155nm,275nmに,発光スペクトルでは312nmにピークを観測した。また,励起及び発光エネルギー差である約30000cm⁻¹の緩和過程の存在が示唆された。励起スペクトルより,Sr₃(PO₄)₂:Gd³⁺ 1mol%はSr₃Gd(PO₄)₃には観測されていない124nm,142nmにピークが存在し,Sr₃Gd(PO₄)₃とは異なる紫外発光蛍光体であることが分かった。励起スペクトルの155nmは母体の遷移であり,124nm,142nm,275nmのピークはDiekeのエネルギー準位図及び70000cm⁻¹付近までの4f軌道のエネルギー準位図28)から142nmは⁸S;7/2→²Q23/2,275nmは⁸S7/2 →⁶I11/2に基づく遷移と帰属した。124nmのピークは70000cm⁻¹以上で帰属することが出来ないが,Sr₃(PO₄)₂他の希土類イオンを賦活した際には観測されないため,Gd³⁺が関係した遷移であると考えられる。

図8 Sr₃(PO₄)₂:Gd³⁺の発光機構

Gd³⁺は32000cm⁻¹以上において4f軌道の準位がエネルギー差約2000cm⁻¹で連続的に準位が存在し,そのエネルギー差がM₃(PO₄)₂(M=Ca, Sr, Ba)のPO₄四面体のP-O伸縮振動に基づく最大フォノン(約1200-1400cm⁻¹ 29, 30))の3~4個分に相当する。そのため,約30000cm⁻¹の緩和過程は多フォノン緩和(MPR)であると考えられる。励起及び発光スペクトルから予想されるSr₃(PO₄)₂:Gd³⁺の発光機構を図8に示す。以上のことから,Sr₃(PO₄)₂:Gd³⁺は,Xeエキシマ光172nmを母体遷移もしくは4f-4f遷移により吸収し,多フォノン緩和過程を経て4f-4f遷移に基づく312nmの紫外発光を示す蛍光体であることが分かった。

5.まとめ

エキシマランプ用の真空紫外励起及び紫外発光蛍光体の探索を行った結果,100~175nmで励起し,約312nmの発光を示す蛍光体であるM₃(PO₄)₂:Gd³⁺ 5mol%(M=Ca, Sr, Ba)の合成に成功した。また真空紫外領域に吸収を持つ母体に紫外発光中心を賦活した蛍光体はバンドギャップ型の蛍光体となり得ることが示唆された。

謝辞

本研究の一部は分子科学研究所UVSOR施設共同利用により行われました。UVSORでの実験の援助と有益な助言を頂いた蓮本正美技術職員,木村真一准教授に,そして実験を支えてくださったUVSORスタッフの皆様に感謝します。

参考文献

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  • 30.R. T. Wegh, W. van Klinken, A. Meijerink: Phys. Rev. B., 64 (2001) 045115.

この記事は弊社発行「IWASAKI技報」第29号掲載記事に基づいて作成しました。
(2013年11月18日入稿)


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