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技術資料

活性酸素プロセス下での銀薄膜表面酸化挙動の解明

技術研究所 光応用研究室 松本 裕之,柴田 好久,吉野 潔,岩崎 達行
技術研究所 光技術基礎研究室 松岡 幹彦
技術研究所 木下 忍
光応用部 光技術課 鈴木 史生
独立行政法人産業技術総合研究所 環境管理技術研究部門 野田 和俊
東海大学 工学部 機械工学科 岩森 暁

キーワード

活性酸素,水晶微小天秤(QCM)法,銀薄膜,X線回折,走査透過型電子顕微鏡,光電子分光

1.はじめに

UVオゾンランプ,エキシマランプ,オゾナイザー,またはプラズマプロセスで生成される「活性酸素」は,各種の表面処理(洗浄,改質,殺菌滅菌,酸化)で幅広く利用されており,われわれは水晶微小天秤(quartz crystal microbalance: QCM)法を用い,基材側の観点から活性酸素種の表面への作用量をモニタリングすることを検討している。QCM法を利用した活性酸素の検出には,活性酸素との反応によって質量が増加する質量加算型の銀薄膜,もしくは,質量減算型の場合,カーボンを中心とした有機系薄膜をそれぞれ検出層として用い,検出層が成膜された水晶振動子の共振周波数の変化量をモニタリングすることで活性酸素の作用量を導出することができる1)。しかしながら,前者の銀薄膜を検出層として用いた場合,銀薄膜の表面酸化によって,活性酸素のモニタリング中に測定値が飽和してしまう不具合が確認されており2),その表面酸化機構の詳細は明らかにされていない。

そこで本研究では,UVランププロセス下における水晶振動子上での銀薄膜表面酸化状態を各種の分析手法を用いて解析し,その酸化挙動モデルについて検討を行った。

2.実験装置および実験方法

2.1 酸化挙動のQCM測定

本研究では活性酸素(主にオゾン(O₃)およびその解離生成物である原子状酸素(O))の生成源として,当社の低圧水銀UVランプ(QGL90AU-31)を用いた。UVランプを大気雰囲気下でランプ点灯させ,ランプ下部10mm位置に基本共振周波数6MHzの銀薄膜付水晶振動子(Maxtek製,SC-101)を配置,ランプ点灯直後からの共振周波数の変化量をモニターし,次式のSauebrey式より,銀薄膜上での質量変化量を導出した3)

Sauebrey式

ここで,⊿fは周波数変化量,f0は基本共振周波数,⊿mは質量変化量,Aは電極層の面積,μqは水晶のせん断応力,ρqは水晶の密度をそれぞれ示し,水晶振動子上の1Hzの周波数増加(減少)は活性酸素検出用の薄膜電極上で約16ngの質量減少(増加)に対応している(右辺のマイナス符号に注意されたい)。

2.2 走査透過型電子顕微鏡による解析

図1 走査透過型電子顕微鏡の外観(産総研関西センター様所有装置)

図1 走査透過型電子顕微鏡の外観
(産総研関西センター様所有装置)

銀薄膜の断面構造を解析するため,走査透過型電子顕微鏡(scanning transmission electron spectroscopy: STEM)による測定を行った。用いた装置(FEI製,Techanai F20)の外観を図1に示す。本測定では,加速電圧200kVで試料を透過させた走査電子を検出するため,電子線が透過可能な厚み(約200nm)まで,試料を物理的な研磨およびイオンミリング法により切片化して解析を行った。また装置付属のエネルギー分散X線分析(energy dispersive X-ray analyzer: EDX)による元素検出を行い,銀薄膜の深さ方向での酸化層の厚みを同定した。また,走査像とあわせて電子線回折像の取得も行った。

2.3 X線回折による表面酸化状態の解析

所定の時間UVランプ下に曝露した銀薄膜表面の酸化状態を解析すべく,X線回折(X-ray diffraction: XRD)法による結晶性の評価を行った。解析には通常のX線回折法(out of plane)および試料表面に対して,ごく低入射角度でX線を入射,回折させるIn-plane測定をそれぞれ実施した。前者の方法では,薄膜層の下に存在する基板(本研究の場合,水晶基板)の情報も含んだ解析結果となるのに対し,後者のIn-plane測定では,試料表面すれすれにX線を入射させるため,基板の情報を含まない試料ごく表面(数10nm)の結晶性の情報を得ることが可能である4)

2.4 光電子分光による解析

銀薄膜表面の化学結合状態を解析するため,光電子分光(X-ray photoelectron spectroscopy: XPS)による測定を行った。本測定では,試料の表面数原子層の化学結合状態に関する情報が得られる5)。測定には日本電子製JPS-9010TRを用い,Mg-KαのX線(10kV,30mA)にて,まず1000-0 eVの結合エネルギー(Binding Energy)にかけて,1eVステップずつの測定(ワイドスキャン)を実施し,次いでそこで検出された各元素について,0.1eVごとのナロースキャンを行い,表面酸化状態(形成化合物)の解析を行った。なお,本測定装置にはArイオンビームが付属しており,所定時間,試料表面をエッチングした後に化学結合状態を解析し,深さ方向でのデプスプロファイル(depth-profile)を実施した。

3.結果および考察

3.1 QCM測定結果

図2 銀薄膜層付QCMの質量増加特性

図2 銀薄膜層付QCMの質量増加特性

UVランププロセスの活性酸素雰囲気下における銀薄膜層酸化挙動のQCMによる測定結果を図2に示す。曝露時間3分程度までは緩やかな質量増加が確認され(図中領域Ⅰ),その後,急激な質量増加を経て(領域Ⅱ),曝露時間10分以降で飽和に至る傾向(領域Ⅲ)が確認された。ランプ周辺で生成されるオゾン(O₃)の濃度を測定したところ,ランプ点灯直後から約200ppmの濃度でほぼ安定に推移していることから,緩やかな質量増加が確認された領域Ⅰにおいては,オゾンによる表面酸化が支配的であり,急激な酸化を示した領域Ⅱにおいては,オゾンの解離生成物であり,オゾンよりも3桁程高い反応速度を有する原子状酸素(O)による酸化が支配的であることが推察される。すなわち,QCMによるモニタリングでは,質量増加挙動の差異から,表面に作用している活性酸素種の相違を検出できていることが考えられる。しかしながら,質量変化が飽和した領域Ⅲでは,銀薄膜表面が酸化層で覆われ,活性酸素種との反応が抑制されてしまい,モニターとして機能していないことが推測される。

3.2 走査透過型電子顕微鏡による解析結果

図3に断面STEM像の解析結果を示す。未処理(pristine)の断面構造についてみると,基板である水晶(Quartz)上にCr密着層,その上に膜厚約300nmの銀薄膜層(Ag層)が順次積層された構造であることがわかる。Ag層の上部(表面)には,膜厚数10nm以下の自然酸化に起因すると推察される酸化銀層(Ag₂O)の存在が確認できる。UVランプ下曝露時間5分では,表面の酸化層は約40nmに成長し,曝露10分では,膜厚約300nmから600nmもの厚い酸化層の形成が確認される。この厚い酸化層は,像コントラストの違いから,比較的充填密度の低い上層(灰色部)および充填密度の高い下層(白色)の二層で構成されており,曝露時間に伴う酸化層の形態の変化がそれぞれ確認された。

図3 UVランプ下に曝露した銀薄膜層の断面STEM像

図3 UVランプ下に曝露した銀薄膜層の断面STEM像

QCM測定結果の節でも述べたとおり,曝露時間10分では,未反応の銀薄膜層が厚い酸化層によって完全に被覆されており,もはや活性酸素の検出体として機能していないことが明らかとなった。

図4 銀薄膜層の電子線回折像

図4 銀薄膜層の電子線回折像

参考として,図4に電子線による回折像を示した。十分な回折パターンを得るために電子線回折の制限視野を直径200nmとする必要があり,回折スポットが基板に由来するものか,銀層,酸化銀層に由来するものか,詳しい同定は実施していない。このため,以下のX線回折および光電子分光により,表面酸化層の状態を詳しく解析した。

3.3 X線回折による表面酸化状態の解析結果

図5 X線回折測定結果(out of plane測定)

図5 X線回折測定結果(out of plane測定)

X線回折結果を図5,図6にそれぞれ示す。通常測定(Out of plane)では,基板である水晶(Quartz)の(011)面方位への結晶ピークの他,上層であるAg層が(111)および(200)面に強く配向した状態であることがわかる。UVランプ下曝露時間10分の表面においてはAg₂Oの(111)面方位の配向が確認されるが,熱的に不安定なAgO(Ag₂O₂)は確認されない。In-plane測定においても同様な測定結果が確認され,銀薄膜表面に形成される酸化層は終始,Ag₂Oの形態で成長しているものと推測される。なお,図6,In-plane測定結果中に記載の数値(0.2,0.5deg)は試料に対するX線の入射角度を示している。

図6 X線回折測定結果(In-plane測定)

図6 X線回折測定結果(In-plane測定)

3.4 光電子分光による解析結果

光電子分光,ナロースキャンによる銀(Ag 3d)および酸素(O 1s)のデプスプロファイル結果を図7に示す。結果より,未処理の銀薄膜ではエッチング時間2秒でO 1sピークが消失しており,膜厚約2nmの自然酸化層が存在し,Ag 3dのケミカルシフトより,その酸化層はAg₂Oであることが確認された。UV曝露時間5分の表面層については,エッチング時間168sec程度まで酸化層が存在し,未処理同様にAg₂Oの形態であることが判明した。なお,エッチング時間の増加に伴いO 1sピークが低結合エネルギー側にシフトしているが(図7(b)中に矢印で記載),これは,試料最表面に有機汚染物(Carbon)が存在しており,Arイオンによるエッチングによってその有機物が除去されたことによるケミカルシフトに起因する。

本解析結果より,UV曝露時間5分における表面Ag₂O層の膜厚は約112nmに相当し,電子顕微鏡観察の結果(約40nm)よりも高めの値となっている。この差異の理由については,電子顕微鏡では任意断面での膜厚測定であるのに対し,光電子分光では試料面での平均化情報をデータとして取得していることに起因しているものと推測される。このことは,銀薄膜表面において,酸化銀(Ag₂O)層は必ずしも均一性良く形成されておらず,その形成膜厚にある程度分布が生じていることを示唆している。

図7 光電子分光によるデプスプロファイル解析結果

図7 光電子分光によるデプスプロファイル解析結果

3.5 銀薄膜層の表面酸化挙動モデル

図8 銀薄膜表面酸化挙動の推定モデル

図8 銀薄膜表面酸化挙動の推定モデル

以上の解析結果より,UVランププロセス下における銀薄膜層の表面酸化挙動を考慮すると,図8に示したように,(A)表面への活性酸素吸着,(B)急激な酸化層成長の体積膨張による膜表面での欠陥(クラック)生成,この欠陥を通過した活性酸素によるさらなる未反応銀層の酸化,(C)厚い酸化層による表面の被覆,QCMモニターとしての機能停止,といった酸化挙動のモデルが推定される。

4.まとめ

低圧水銀UVランプ下におけるQCM測定および各種の解析より,

  1. 銀薄膜層を有するQCMでは,活性酸素による表面酸化を高感度で検出可能であるが,その検出時間は10分未満であり,それ以後,表面が酸化層で飽和され,モニターとして機能しない
  2. 表面に形成される酸化層は終始Ag₂Oの構造を有している
  3. 10分超の表面では,形成された酸化層(Ag₂O)に面内膜厚分布(300~600nm)があり,さらに深さ方向に密度分布(2層構造)が認められる,このことはつまり,測定時間が長くなるとQCMでモニターした質量増加量から活性酸素作用量を精密に定義することが困難であることを示唆している

といった知見が得られた。

今後,活性酸素との反応によって,膜表面がエッチングされて,常時安定したモニタリングが可能な有機薄膜による活性酸素検出について,詳細な検討を行う予定である。

本技術資料は,Chemistry Letters(Vol.38, No.12(2009)1146)6)およびJournal of the Vacuum Society of Japan(Vol.53, No.3(2010)206)7)各論文の掲載データをもとに作成したものである。文献6)からは図2および図6,文献7)からは図3,図7および図8をそれぞれ引用した。

謝辞

本技術資料に掲載の走査透過型電子顕微鏡データは産業技術総合研究所,関西センターの内田雄幸博士に,X線回折(In-plane)データは株式会社リガクの小林信太郎氏に,光電子分光データは日本電子株式会社の飯島善時博士にそれぞれご提供頂いたものである。各位に謝意を表する。

参考文献

  1. 松本裕之,松岡幹彦,野田和俊: IWASAKI技報,No.19,pp.22-26(2008).
  2. V. Matijasevic, E. L. Garwin and R. H. Hammond: Rev. Sci. Instrum., 61(1990) 1747.
  3. G. Z. Sauebrey: Z. Phys., 155(1959) 206.
  4. S. Takahashi, M. Taniguchi, K. Omote, N. Wakabayashi, R. Tanaka and A. Yamaguchi: Chem. Phys. Lett., 352(2002) 213.
  5. 日本表面科学会編: X線光電子分光法,丸善,pp.5-18(1998).
  6. H. Matsumoto, M. Matsuoka, K. Yoshino, T. Iwasaki, S. Kinoshita, K. Noda and S. Iwamori: Chemistry Letters, 38(2009) 1146.
  7. 松本裕之,柴田好久,鈴木史生,吉野潔,松岡幹彦,岩崎達行,木下忍,野田和俊,岩森暁: J. Vac. Soc. Jpn.(真空), 53(2010) 206.

この記事は弊社発行「IWASAKI技報」第22号掲載記事に基づいて作成しました。
(2010年5月14日入稿)


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