技術資料

光害問題と光放射による作用効果

技術開発室 技術部

キーワード

光害,障害光,傷害光,生体リズム,光放射

1.はじめに

光害(ひかりがい)という言葉は,Light pollutionの和訳を公害にからめた造語である。この言葉は,国際天文学連合(IAU)が“天文観測に対する人工光の干渉問題1)2)”を提起したときに用いられたとされる。すなわち,天空に漏れた人工光が,大気中の水分や浮遊塵などで散乱し,天文観測の背景となる天空輝度を高め,星の観測を妨げると言うSky Glow問題である。

光害の関係するもう一つの用語としてObtrusive Lightと言う言葉がある。これを直訳すれば“おしつけがましい光”となるが,日本ではこれを“障害光”と呼んでいる。定義は「与えられた状況のもとで,量的,時・空間的あるいは色彩特性のために,いらだち感,不快感,注意の散漫あるいは視認性の低下などを引き起こす原因となる光」とされ,屋外照明による周囲の居住者や交通機関など,人間諸活動への影響を指す。この問題に関して,国際照明委員会(CIE)は,屋外照明設備からの障害光を規制するガイド3)4)を策定した。

一方,人工光が増え,周辺への漏れ光が大きくなるに伴い,天文観測や人間諸活動への影響のみならず,生態系への影響も無視できないものとなっている。平成10年に環境省(当時の環境庁)は,この問題とエネルギー問題(CO₂)への対策として,良好な照明環境づくりの考え方を示した「光害対策ガイドライン」を取りまとめ,現在,この改定作業を進めている。

光害問題は,照明に携わる者に“良い光環境とは何か?どのような照明が良いのか?”を問うている。ここでは,“光放射が人間や動植物などに及ぼす作用効果”を概観し,改めてこの問題を考えるための一助を提供したい。

2.人間に対する光放射の作用効果

図1 太陽の分光放射強度

人は,太陽放射を受けて生存している。地球上の多くの生命のように人類も,地球の自転や公転の周期によって生じる光環境の日周(昼夜)や年周(日長)の変化に適応するように進化してきた。人間に対する光放射の作用効果は,視覚的効果(Visual effects)と生物学的効果(Biological effects)に大別できるが,この太陽放射(図1:波長域約300~3,000nm,照度範囲約0~10数万ℓx)がベースになる。

2.1 視覚効果5)6)

(1)光の必要性

図2 眼球構造

人は,太陽放射約300~3,000nmのうち,380nm~780nmの波長域の光放射を刺激として明暗や色彩を感知している。人は,外環境からの情報の大部分をこの視覚に依存しており,光がなかったり不足したりした状況下では,安全かつ快適に活動ができない。物理量として目(図2)に入射した光は,角膜,水晶体,硝子体を通って,網膜に投影される。網膜の視細胞には,錐体と桿体とがあり,錐体は中心窩に多く分布し,明るいところで働く。錐体には,L,M,Sの3種類があり,色の識別も担っている。桿体は,中心窩に存在せず,周辺部分に多く分布し,暗いところで働く。視細胞で得た情報は脳に送られ,主に外環境の明暗・色彩の知覚に貢献する。脳は,この情報と他の諸器官からの情報を統合処理し,外環境の形状・奥行き・方向などを認識する。

図3 人の標準視感度

視覚に関する光放射量は,明所視の視感度曲線(図3)を重み付け関数として380~780nmの範囲の光放射を積分した量であり,波長555nmの1ワットの放射が光束683ルーメン(ℓm)となる。このような光束・光度・照度・輝度などは,物理量であるワットを脳で感覚量に変換しているので心理物理量と呼ばれる。

いずれにせよ,人工光は,自然光が存在しない夜間に,人びとに安定した光環境を提供し,活動の場や時間の拡大によって,人類の発展に大きく貢献してきた。

(2)明るさ感覚とものの見え方

明るさ感覚は相対的である。光刺激によって明るさ感覚を生じさせるには,一定以上の強度が必要である。この最小刺激を閾値と呼ぶ。閾値は,人の目の順応状態や視覚機能の状態(正眼者,弱視者,高齢者など)で変化する。閾値以上の光刺激が等比級数的に増加するとき,明るさ感覚は等差級数的に増す。すなわち,光刺激が2倍になったときに,人は1段階明るくなったと感じる。このことは,光害対策をとる場合に重要で,人が約1段階改善されたと感じるには,問題となる光刺激を1/1.5~1/2にする必要があることを示している。

図4 輝度対比弁別閾

一方,ものの見え方は,主に(1)見かけの大きさ,(2)明るさ(順応輝度),(3)輝度対比,(4)時間(相対速度),(5)色の5要件で決まる。図4は,識別可能な最小輝度対比を示した例で,視票の輝度が高くなるほど小さな輝度対比まで識別できることを示している。同様のことが見掛けの大きさについても言える。すなわち,照度や輝度を増せば,より対比の小さなもの,より細かなものまで,見ることができるようになる。逆の言い方をすれば,道路照明のような視認性(見難い状態で必要なものが見えること)を問題にするところでは,照度や輝度を僅かに下げるだけでも,物の存在を見失う恐れが生じる。

もし,照度などの設定が不適切であったために,照明の目的が達成されないようなことがあれば,そこに投入した照明エネルギーが無駄になったことになる。照度の設定は,JIS照度基準などを参考に,慎重に行なう必要がある。

(3)視覚の阻害要因と障害光

ものの見え方を阻害する要因の1つとしてグレアがある。視機能低下グレア(Disability Glare)は,視野内に存在する明るい面から目に入射した光が眼球内で散乱し,光幕輝度を発生させることによって,ものを見難くさせる現象を言う。不快グレア(Discomfort Glare)は,視野内の明るい面によって不快感を生じる現象を言う。グレアは,目の感度状態と目に入射する光の強さに関係するので,グレアを軽減するには人工光の輝度や光度などを適正な範囲に規制することが重要になる。

また,看板面や建築物の外壁等が,周囲より極端に明るかったり,不適切な色彩に着色されていたり,点滅したりするような場合にも,人びとに不快感を与えることがある。同様に,通常は暗い住宅の部屋(たとえば寝室)に,屋外照明などからの光が窓を通じて入射する場合にも,不快感が生じやすい。これらは,看板面や建築物外壁面の平均輝度,窓面から入射する光(窓面の鉛直面照度)が関係するので,これらの値を規制することが重要になる。障害光の規制に関しては,“屋外照明設備からの障害光を規制するガイド3)4)7)”を参照されたい。

不快グレアや障害光など,その評価が人びとの感覚によるものは,同じものを見た場合でも,年齢,性別,生い立ち,好み,気分,心理状態などによって大きく異なることがある。光害対策として,輝度や光度の規制値を規定された範囲に抑えたとしても,すべての問題が解決されるとは言い切れない面があるので注意を要する。

参考文献

  1. CIE 01-1980, Guidelines for Minimizing Urban Sky Glow Near Astronomical Observatories.
  2. CIE 126-1997, Guidelines for minimizing Sky Glow.
  3. CIE 150-2003, Guide on the Limitation of the Effects of Obtrusive Light from Outdoor Lighting Installations.
  4. JCIE翻訳出版No.13,屋外照明設備からの障害光の規制ガイド(2004).
  5. たとえば,(社)電気学会:光技術と照明設計,オーム社 (2004.5).
  6. たとえば,(社)照明学会:照明ハンドブック 第2版,オーム社(2003).
  7. 川上幸二:傷害光規制ガイド(CIE150)の規制値設定の背景,照明学会誌,Vol.88, No.9, pp.713-716(2004).

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