小さな光が、大きな未来に。

75th Anniversary - Since 1944 -

岩崎電気は2019年8月18日、創立75周年を迎えました。
75年前の情熱から生まれた小さな光が、
私たちを照らしてきたように、
未来を照らす新たな光を私たちは創造し続けます。

25年後の照明を語る

第2回

安彦良和「照明今昔」

「機動戦士ガンダム」の生みの親の一人であり、歴史と人間を見つめる数々の作品を発表。
時代の大きな変化を体験してきた漫画家・安彦良和さんが
“あかり”を通して次代に伝えるメッセージ

電球の明るさに感動したあの頃

小さい頃、僕の家には電気が来ていなかった。照明はオイルランプで、「ホヤ」と呼んでいたガラス筒の部分を磨くのが子供の仕事だった。小さな手が筒の中に入って、ちょうどその作業に向いていたからだろう。

電気が来る時には、当然家の前に電柱が立てられた。その電柱の横木が、他所(よそ)の十字架型と違って2本であることをとても誇らしく感じた記憶がある。「立派だ」と思ったのだ。

ほんのちょっとでも自分は余計に幸せだと思いたいのは子供の常だろう。その印が、こんな小さなことにも顕われているかと、思いだすたびに可笑しい。

そうして灯った電球の明るさにももちろんびっくりした。電球はたぶん20ワット程度だったと思うが、それでも、じかに見るとまぶしかった。その小さな電灯の輪の中に、大人数の家族がよりあつまっていた暮らしが僅かに60年前のことだ。

現在、電球はことごとくLEDに代わった。子供達はもう、エジソン以来の、あのまぶしいフィラメントの輝きを知らない。

僕は戦後早々に生まれた世代で、しかも相当に田舎者だからフィラメント以前のランプの灯を知っている。息を吹きかけて磨いた「ホヤ」の光沢を知っている。それは、今となっては少々自慢でもある。

思えば、子供の頃、身のまわりにはまだたくさんの「明治」があった。母や祖母は髪をひっつめてお団子に丸めていてモンペを普段にはいていたし、今では郷土博物館でしか見られない農具を使っていたし、風呂は五右衛門風呂だった。そのお風呂からは、今はかろやかな電子音と共に優しい女性の合成音声が聞こえてくるようになった。

こういう大きな幅の変化を運良く体験出来た世代は、たぶんそれほど多くはない。江戸時代末期を知る人がその後文明開化に遭遇したようなものだ。この体験には、おそらく後世に語り伝えていいだけの価値がある。

明るさも便利さも控えめがいい

「25年後の照明」をテーマにいただいた。

25年後、たぶん間違いなく僕はもうこの世にいないから、その日のことを想像することにあまり熱心にはなれない。もっとも、熱心になれたとしても、想像力も、科学の基礎知識もない僕にはその未来図は見透かせそうにない。しかし、これだけは言える。

2011年の原発事故で、巨大な電力プラントの時代が終わったことを我々は痛切に思い知らされた。ならば電力は、小口で、身のまわりでつくり出すしかない。幸い、科学の進歩はそれを可能にしてくれそうだ。電気自動車の開発競争をバネにして、軽量で害も危険もない夢の電池もやがて開発されることだろう。

丈夫で長持ちし、消費電力の少ないLEDのさまざまな光が、これからは生活の、より親密な友となっていくのだろう。

しかしそのことは、夜が今よりももっと明るく、光の届かない暗がりがもっと少なくなることを単純には意味しない。

都会の人々が星の灯りを見なくなったように、明るさは、永く人の友だった灯りを消すこともある。必要な(ひだ)だった陰影を消して、世の中を味気ないのっぺらぼうにすることもある。

電信柱を見ても思うことがある。
さまざまな電線や回線ケーブルを巻きつけられた最近の電柱は、もうどう見ても誇らしい「僕の家の電柱」ではない。横棒も縦棒もわからぬ怪異な姿になって、電線の網を空中に張っている様はまるで背の高いクモのようだ。

明るくて、世の中がなにかと便利になるのはいいが風情がなくなるのは困る。

明るさも便利さも、ある程度以上はつつしみを知って控えめになっていくのがいい。

Profile

安彦良和(やすひこ よしかず)

1947年、北海道紋別郡遠軽町生まれ。1979年放映開始のTVアニメ『機動戦士ガンダム』のキャラクターデザインと作画監督を担当。同年、『アリオン』で漫画家デビュー。1980年代には監督として劇場用アニメ『クラッシャージョウ』、『巨神ゴーグ』などを手掛け、1990年以降は漫画家専業として活動。『ナムジ』(第19回日本漫画家協会賞優秀賞)、『王道の狗』(第4回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞)から最新作『乾と巽』まで歴史を題材にした作品を世に問い続ける。2001~2011年に『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』を連載(第43回星雲賞コミック部門)、2015~2018年には約25年振りのアニメ制作の総監督として同作を全6話構成で映像化した。