技術資料

プラズマプロセスのモンテカルロシミュレーションによる活性酸素生成分布予測

技術研究所 光応用研究室
技術研究所 光技術基礎研究室
独立行政法人産業技術総合研究所 環境管理技術研究部門 野田 和俊
国立大学法人金沢大学 自然科学研究科 岩森 暁

キーワード

活性酸素,モンテカルロシミュレーション,誘導結合プラズマ

1.はじめに

われわれは,各種の表面処理用途(例えば,表面洗浄,改質,殺菌滅菌,酸化処理)で幅広く利用され,UVオゾンランプ,エキシマランプ,オゾナイザー,またはプラズマプロセスで生成される「活性酸素」を水晶微小天秤(quartz crystal microbalance)法によってリアルタイムでモニタリングすることを検討している。活性酸素は文字通り,活性化された酸素種の総称であり,中でも酸素分子やオゾンの解離生成物である原子状酸素(O)は10⁵~10⁶Lmol⁻¹sec⁻¹と極めて高い反応速度定数,すなわち高い酸化力を有しており1),表面処理プロセスにおいて非常に重要なファクターと言われている。しかしながら,原子状酸素を含む活性酸素種や反応に関連する粒子種がプロセス中でどのような空間分布をもって生成・消滅し,また表面に作用しているか,を単独の計測手段で精密に測定し,評価することは事実上困難である。

そこで本研究では,反応場における各種粒子種の生成分布などを一括して計算可能なモンテカルロシミュレーションに着目し,プラズマプロセス中のモデル反応を仮定してその解析を試みたので報告する。

2.実験装置および実験方法

2.1 シミュレーションの概要

本研究では市販のシミュレーションソフトであるPEGASUS®を用い,誘導結合酸素プラズマ装置内部における活性酸素種の解析を行った。このソフトウェアでは,プラズマハイブリッドモジュール(PHM)と呼ばれる幾つかの計算モジュールを複合させて,プラズマ内部の電子,イオンなどの荷電粒子および原子状酸素など電気的に中性な粒子種の電磁気/物理現象を計算し,その密度,温度(エネルギー)を算出する。図1に各モジュールの概要と計算の流れを示した。まず(1)各粒子種の初期値を設定し,(2)EMM(Electro-Magnetics Module)では,Maxwell方程式により,コイルに高周波電流を通電した際に誘起される電界(Eθ)の計算を行う。次いで(3)PEM(Poisson's Equation Module)では,ポアソン方程式を考慮し,静電ポテンシャル(ø)および静電界(E)を計算する2)。さらに(4)DDEM(Drift Diffusion Equation Module)では,ドリフト-拡散モデルを用い,荷電粒子である電子・イオンの密度(ne,nion)およびフラックス(Γe,Γion)を解く。以上の(3)~(4)を設定周期分繰り返し,各粒子種の時間平均密度,時間平均フラックス,電場の時系列データを格納しておく。その後,(5)EMCSM(Electron Monte Carlo Simulation Module)により電子のモンテカルロ計算を設定周期分行い,電子エネルギー分布関数(Electron Energy Distribution Function),周期平均電子温度(Te),各粒子種の生成レート(Source Rate),電子の移動度(Mobility),拡散係数(Diffusion Coefficient),衝突周波数(Collision Frequency)を計算する3)~5)。最後に(6)DMCSM(Direct Monte Carlo Simulation Module)により中性粒子種の密度,粒子フラックス,エネルギーを計算する。DMCSMでは希薄気体をボルツマン(Boltzmann)方程式で直接解くのではなく,方程式の基になっている各粒子の衝突過程を確率的に取り扱い,流れ場を解析する。(6)が終了すれば(2)へ戻り,再び(2)~(6)の計算を行う。以上の手順を定常状態が得られるまで反復する。

このような一連の計算によって,荷電粒子と中性粒子の空間密度分布の変化を考慮した解析を行うことが可能である。

  1. 初期値の設定
  2. EMM:誘導電界の算出
  3. PEM:静電ポテンシャル,静電界の算出
  4. DDEM:電子・イオンの密度,フラックスの算出
  5. EMCSM:電子エネルギー分布関数,電子温度,生成レート,移動度,拡散係数,衝突周波数の算出
  6. DMCSM:中性粒子密度,フラックスの算出

図1 各計算モジュールとシミュレーションの流れ

2.2 シミュレーションで考慮した幾何形状(誘導結合プラズマ装置)

図2に本研究で考慮したシミュレーション形状を示す。本装置は,誘導結合プラズマ源(Inductively Coupled Plasma Source)が真空チャンバー上部に設置されたプラズマ表面処理装置であり,ICP源内部で生成された酸素プラズマから,原子状酸素などの活性酸素種が排気流れによって下方の試料台に照射される「リモートプラズマ」の状態になっていると予想される。各部の寸法は図中に,また装置の詳細については文献6)に記載がある。

計算時間短縮の都合,図中の中心軸(一点鎖線)を境に反応空間が左右軸対称であるという境界条件を仮定し,右半分の空間のみについて計算を実施した。

図2 実験装置の概略図

図2 実験装置の概略図

2.3 シミュレーションで考慮した反応式

本シミュレーションで考慮した各粒子種同士の反応式を表1にまとめた。希薄な真空雰囲気でのプラズマ反応で支配的な電子衝突によるイオン,励起種生成の他,生成したイオンや中性粒子種同士の反応などを考慮した。各反応の衝突断面積は表中の引用文献に記載されているデータを参照した。

表1 シミュレーションで考慮した反応
反応式 引用文献
e+O→O+e 7)
e+O→O(¹D)+e 8)
e+O→O(¹S)+e 8)
e+O→O⁺+e+e 8)
e+O⁻→O+e+e 9)
e+O₂→O⁺+O⁻ 9)
e+O₂→O(¹D)+O(¹D)+e 9)
e+O₂→O(³P)+O(¹D)+e 9)
e+O₂→O(³P)+O(³P)+e 9)
e+O₂→O+O(³P)+e 9)
e+O₂→O₂⁺+e+e 9)
e+O₂→O₂(a¹Δg)+e 9)
e+O₂→O₂(b¹Σg⁺)+e 9)
e+O₂→O₂(c¹Σu⁻-a³Σg⁺)+e 9)
e+O₂→O₂+e 9)
e+O₂→O₂(rotation)+e 9)
e+O₂→O₂(vibration-1)+e 9)
e+O₂→O₂(vibration-2)+e 9)
e+O₂→O₂(vibration-3)+e 9)
e+O₂→O₂(vibration-4)+e 9)
O⁻+O→O₂⁺+e 9)
O⁻+O₂→O⁻+O₂ 9)
O⁻+O₂→O+O₂+e 9)
O+O₂→O+O₂ 9)
O₂⁺+O₂→O₂⁺+O₂ 9)
O⁻+O₂→O+O₂ 9)
e+O₂⁺→O+O(¹D) 9)
O⁻+O⁺→2O 10)
O+O₂→O₂⁺+O 11)

2.4 初期条件および計算の実行

本シミュレーションでは,実際のプラズマ生成プロセス条件と同様,酸素ガス圧力10Pa,アンテナへのRF供給電力200Wを初期条件として設定した。また,電子温度および密度の初期値はそれぞれ3.0eV,1.0×10¹⁵/m³とし,それ以外の粒子種温度は室温(0.026eV)と仮定し,プラズマが定常状態に達するRF30周期まで計算を行った。

3.結果および考察

シミュレーション結果を図3および図4にそれぞれ示す。まずプラズマ生成・維持に重要な因子である電子(electron)に着目すると,電子温度約3.8eV,密度10¹⁷/m³でICP源のRF供給コイル付近,放電管の中央部に局在化して存在していることがわかる。正負の酸素イオン(O₂⁺,O⁻)についても同様に,空間分布密度10¹⁶~10¹⁷/m³でICP源内部に局在化している結果が得られた。

一方,基底状態の原子状酸素(O)は,ICP源内部で生成された後に,排気流れによって下方へ拡散され,試料台付近まで到達していることが判明した。またこのときの分布密度は約3.5×10²¹/m³という結果であった。これらの結果から,リモートプラズマ領域では,中性粒子種である原子状酸素が支配的な処理因子となっており,電気的なダメージの少ない処理を実現しているものと推察される12)

図3 シミュレーション結果(1)
電子密度(ne)分布

図3 シミュレーション結果(1)
電子温度(Te)分布

図3 シミュレーション結果(1)
O₂⁺密度分布

図3 シミュレーション結果(1)
O⁻密度分布

図4 シミュレーション結果(2)
原子状酸素(O)密度分布

4.まとめ

モンテカルロシミュレーションによるプラズマ状態の解析について検討し,誘導結合プラズマ源を搭載した処理装置におけるリモートプラズマ領域では,プラズマ内部で生成され,排気方向に拡散された原子状酸素が支配的な処理因子になっているという知見を得た。

今後,本シミュレーション手法をUVランプ下での光化学反応による活性酸素生成の解析に適用し,表面処理メカニズムの解明,プロセスを理解するための一助としたい。

参考文献

  1. 杉光俊英:オゾンの基礎と応用,光琳,pp.20-29(1996).
  2. 後藤俊夫:電気磁気学,照晃堂(1993).
  3. 武田進:気体放電の基礎,東京電機大学出版局(1990).
  4. J. S. Chang, R. M. Hobson, 市川幸美,金田輝夫:電離気体の原子・分子過程,東京電機大学出版局(1982).
  5. 提井信力,小野茂:プラズマ気相反応工学,内田老鶴圃(2000).
  6. 松本裕之,松岡幹彦,野田和俊:IWASAKI技報No.19, pp.22-26(2008).
  7. Y. Ichikawa, A. Ichimura : J. Phys. Chem. Ref. Data, 19(1990)637-651.
  8. Russ R. Laher and Forrest R. Gilmore : J. Phys. Chem. Ref. Data, 19(1990)277-305.
  9. D. L. Albritton : At. Data Nucl. Data Tables, 22(1978)1.
  10. V. Vahedi and M. Surendra : Computer Physics Communications 87, (1995)179.
  11. Ronald E. Olson, James R. Peterson, and John Moseley : J. Chem. Phys., 53(1970)3391.
  12. H. Matsumoto, M. Matsuoka, T. Iwasaki, S. Kinoshita, S. Iwamori and K. Noda : J. Photopolymer Science and Technology, 22(2009)279-284.

謝辞

本研究のシミュレーションを実施するにあたり,ペガサスソフトウェア株式会社の高崎敏英社長,田中正明氏,松永史彦氏より多大なご協力をいただきました。ここに謝意を表します。

この記事は弊社発行「IWASAKI技報」第21号掲載記事に基づいて作成しました。
(2009年11月18日入稿)


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