技術資料

真空紫外励起紫外発光蛍光体の合成と発光特性

光応用事業本部 光デバイス部 光技術課
学習院大学 理学部 化学科 稲熊 宜之

キーワード

蛍光体,紫外線,真空紫外,エキシマ

1.はじめに

紫外光は樹脂硬化,表面改質,有機物の除去・分解,空気・流水の殺菌,皮膚病治療などで広く利用されており,一般的に水銀蛍光ランプがそれらの用途で用いられている。近年,環境への配慮から無水銀化が望まれ,水銀蛍光ランプの代替として真空紫外光(VUV)を放出するエキシマランプと紫外(UV)発光を示す紫外発光蛍光体を組合わせたランプが報告されており,使用する蛍光体に応じて発光波長を選択できる特徴を持つ。 本研究は紫外発光蛍光体の新規物質の探索を行っており,本報では蛍光体に関する序論から研究結果まで報告する。

2.序論

2.1 蛍光体について

蛍光体とは,電子が外部から光や電子線などのエネルギーを与えられることで励起され,励起状態から基底状態へ緩和するときに励起状態と基底状態のエネルギー差にあたる波長の光を放出する物質のことを言う。一般的に蛍光体は「母体:発光イオン」と表記し,その特性から,表1に示すように,ブラウン管,プラズマ・ディスプレイ・パネル(PDP),電界放射ディスプレイ(FED),液晶ディスプレイ(LCD)などのディスプレイや蛍光灯や白色LEDなどの照明製品,またシンチレーターといった測定デバイスなど幅広く用いられている1)。近年では励起源として電界を用いた有機ELや無機ELディスプレイへの応用研究が活発になされており2),蛍光体は私達にとって身近で必要不可欠な物質であると言える。これらの製品では化学的かつ熱的に安定である必要があり,主に無機化合物蛍光体が利用されている3)

表1 蛍光体の応用例
励起源 製品 蛍光体
電子線(5~30kV) ブラウン管 ZnS:Ag⁺, Cl⁻ 4, 5)
紫外線 蛍光灯 Ca₁₀(PO₄)₆(F, Cl)₂:Sb³⁺, Mn²⁺ 6)
真空紫外線 PDP BaMgAl₁₀O₁₇:Eu²⁺ 7)
X線 シンチレーター La₂O₂S:Tb³⁺ 8)

無機化合物蛍光体は,導体のようなバンド間遷移を利用した非局在型と遷移金属や希土類イオンなどの発光中心を利用した局在型に大きく分類できる。前者は結晶中に存在する格子欠損またはドナー・アクセプター対が捕獲した電子や正孔が再結合する際に発光を示すものであり,後者は一つのイオンないし錯イオン内の電子遷移で発光を示すものである。局在型は母体の結晶と発光中心の組み合わせにより多様な発光特性を示すため,数多くの物質が報告されている。イオン内遷移による発光例を表2に示す。電子遷移は光遷移の選択則が存在するため禁制遷移と許容遷移で分類することができ,これは主に電気双極子の作用によって光の電場が物質中の電子と相互作用し電子が異なるエネルギー準位に遷移することに起因している。

表2 イオン間遷移の発光例
電子遷移 発光イオン 選択則 蛍光体
s¹p¹ → s² Tl⁺, Sn²⁺, Pb²⁺, Sb³⁺, Bi³⁺ 許容 Y₃Al₅O₁₂:Pb²⁺ 9)
3dⁿ → 3dⁿ Cr³⁺, Mn⁴⁺, Mn²⁺, Fe³⁺ 禁制 Zn₃(PO₄)₂:Mn²⁺ 10)
4fⁿ → 4fⁿ Pr³⁺, Eu³⁺, Gd³⁺, Tb³⁺ 禁制 SrTiO₃:Pr³⁺ 11-13)
4fⁿ⁻¹5d¹ → 4fⁿ Ce³⁺, Pr³⁺, Sm²⁺, Eu²⁺ 許容 Sr₂P₂O₇:Ce³⁺ 14)
錯イオン内 VO₄³⁻, MoO₄²⁻, WO₄²⁻ - CaWO₄ 15)

発光イオンの中で4fⁿ→4fⁿ遷移を示す希土類イオンは,4f軌道電子が5s²,5p⁶の閉殻によって静電的にシールドされており,結晶場の影響を受けにくくなっている。そのため,エネルギー準位が他の結晶中でもあまり変化せず,希土類イオンを利用した蛍光体は発光波長を予測しやすく目的に応じた蛍光体を作りやすいという特徴を持っている。 希土類イオンの4f軌道のエネルギー準位は,Diekeらによって塩化物(LnCl₃)中において調べられており,Diekeのエネルギー準位図と呼ばれ,発光を帰属する際に用いられる16)

2.2 紫外線の特性について

蛍光体の励起源として用いられる紫外線は可視光(400~800nm)よりも短波長である10~400nmの波長領域のことを指し,特性に応じて分類されている。表3に波長領域におけるそれぞれの名称と利用される用途を示す。一般的に,紫外線を得るために水銀蛍光ランプが用いられているが,水銀は人体や環境に有害であり,欧米ではRohs規制により使用量など制限されている。そのため,紫外線ランプの水銀フリー化が課題となっており,代替ランプとしてXeエキシマランプと紫外発光蛍光体を組合わせたランプである外部電極型ランプが報告されている17-19)

表3 紫外線領域における名称と用途
10-200nm 200-280nm 280-315nm 315-380nm
真空紫外(VUV) UVC UVB UVA
表面改質 殺菌 皮膚治療 樹脂硬化

2.3 外部電極型ランプ(エキシマランプ)

外部電極型ランプの例として,エキシマランプについて説明する。エキシマランプは,水銀の代わりに希ガス元素のガスを封入したランプで,希ガス元素や希ガスと塩素(ハロゲン)の混合ガスのエキシマ(励起状態にある多原子分子の総称)の発光を利用しており,用いるガス種により発光波長を変化させることができる。現在主に市販されているものとして, Ar(126nm), Kr(146nm), Xe(172nm)やKrCl(222nm), XeCl(308nm)を封入したものが存在し,コピー機用ランプやLCD製造工程のウェット処理の前洗浄などで利用されている。発光機構を,最も発光効率が良いとされるXeエキシマランプのXeエキシマ(Xe₂*)について説明する。

表4 紫外発光蛍光体の特性
蛍光体 発光波長/nm
BaSi₂O₅:Pb²⁺ 20) 350
LaPO₄:Pr³⁺ 21) 260
YPO₄:Ce³⁺ 22) 335
YF₃:Gd³⁺, Pr³⁺ 17) 311

まず放電により発生した電子がXeを励起及び電離し,その後,XeとXe原子との3体衝突過程を経てXe₂*が生成される。このエキシマは不安定な状態のため,直ちにXe原子に解離し安定な状態に戻り,この時にエキシマ光である172nmの光を放射する。このエキシマ光を励起源として紫外発光蛍光体と組合わせることで紫外線をより殺菌効果が高い波長に変換し,水銀フリーランプを実現する。今までに報告された紫外発光蛍光体を表4に示す。

2.4 研究の背景と目的

図1 Sr₃(PO₄)₂の結晶構造

水銀フリー化を目指すためにはVUV励起及びUV発光を示す蛍光体の合成が不可欠である。そのため,本研究ではリン酸塩M₃(PO₄)₂(M=Ca, Sr, Ba)に発光イオンとしてGd³⁺を賦活したM₃(PO₄)₂:Gd³⁺(M=Ca, Sr, Ba)に着目した。リン酸塩を母体とした蛍光体は160-170nm付近に母体の吸収に基づく発光を示すことが多くの化合物で報告されており,リン酸塩のカチオンのイオンが異なってもほとんど吸収波長が変化しない23)。これはバンド計算により母体であるPO₄³⁻に基づく吸収で価電子帯は主にO 2p軌道,伝導帯は主にP 3p軌道から構成されていることが明らかになっており21),発光中心としてイオンを賦活してもバンド構造が大きく変化せずに,Xeエキシマランプの172nmの光を効率良く吸収し紫外発光に変換できると期待される。またリン酸塩は使用原料が安価で合成しやすくかつ化学的に安定で扱いやすいというメリットがあるため,蛍光体用として最も古くから用いられ,数多く合成されてきた実績がある。今回主に報告するSr₃(PO₄)₂の結晶構造を図1に示す。空間群R3-mに属し,カチオンサイトはSr1の10配位(サイトシンメトリー C3v)とSr2の12配位(サイトシンメトリー D3d)の2つのサイトが存在し,Gd³⁺それぞれのSrサイトを占有していると予想される。発光中心としてGd³⁺を選択した理由は,まず,Srとイオン半径が比較的近く構造中に取り込まれやすいと予想されること(6配位 Sr²⁺:113pm,Gd³⁺:93.8pm)。また,Gd³⁺は4f軌道に7個電子が占有し半閉殻状態の準安定状態で,4f-4f遷移のエネルギー差が大きく300nm付近に⁶P7/2→⁸S7/2遷移に基づく紫外発光を示すことが報告されており24-26),母体に賦活した際300nmの発光を示す可能性を持つという2点である。このような母体がエネルギーを吸収し賦活したイオンが発光を示す蛍光体はバンドギャップ型蛍光体として数多く報告されており27),リン酸塩にGd³⁺を賦活した蛍光体はVUV領域に吸収を持ちUV領域の発光を示す紫外発光蛍光体であることが期待できる。また物質の合成を行うだけではなく,その物質の発光機構を解明することで新たな蛍光体を合成する際の知見となる。以上のことから,本研究ではGd³⁺を賦活したM₃(PO₄)₂(M=Ca, Sr, Ba)を合成及び発光の有無を確認し,高効率発光を示した試料において発光強度Gd³⁺濃度依存性及び発光機構の解明を試みた。

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